先日、ジェームスからとても大事なメッセージを受け取りました。これは、グリーンランドカヤックを愛するすべての人たちと共有すべきことです。ご一読いただき共感できたなら、ぜひあなたの心に留め置き、そしてあなたの友人たちにも伝えてください。このような提言をした彼の勇気に心から敬意を表します。ありがとう、ジェームス。

これは、気づかないうちに人の感情をそっと揺さぶることがあるテーマです。だからこそ、最初にこれだけははっきりさせておきたいと思います。これは誰かを正すための話ではありませんし、「こう言うべきだ」「こう言ってはいけない」と決めつけるものでもありません。ただ、このクラフトがどこから来たのか、そしてなぜ、ある人たちにとってその言葉がより深い意味を持つのかを理解するための話です。

多くの人はカヤックを始めたばかりの頃、言葉のことなんてあまり気にしません。道具を手にして水に出て、気づけばいろいろな呼び方を耳にするようになります。カヤック、ボート、クラフト。時にはそれらが区別なく使われることもあります。現代のパドリング文化、特にホワイトウォーターや一部のシーカヤックの分野では、「ボート」と呼ぶのはごく普通のことです。それは多くの人にとって自然な文化の一部であり、そこに良い悪いはありません。

でも一歩引いて、カヤックのルーツに目を向けてみると、その背景はぐっと深いものになっていきます。

「qajaq」という言葉はグリーンランドに由来し、もともとはイヌイットが狩猟に使っていた舟を指します。これは娯楽のための道具ではなく、週末のアクティビティでもありませんでした。生きるための手段だったのです。食料、移動、そして命そのものが、このクラフトと結びついていました。qajaqのあらゆるディテールには意味があり、地球でも屈指の過酷な環境の中で、世代を超えて磨かれてきたものです。

そして何より大切なのは、qajaqは単に「中に座るもの」ではなかったということです。

それは、自分自身が一体となるものでした。

フィットはとても精密で個人的なものであり、パドラーとクラフトの関係は深く結びついていました。qajaqは身体の延長のように機能していたのです。動きは腰や脚、体幹から生まれます。外から見ると、小さな舟に乗っているように見えるかもしれません。でも実際にはまったく違う感覚です。パドラーとqajaqはひとつとなって動き、まるで二つの世界を行き来する存在のようでもあります。 こうした理由から、グリーンランドの文化においてqajaqは単なる道具ではありません。文化の象徴であり、アイデンティティであり、歴史であり、敬意を払うべき生き方そのものです。

ここで、少しだけ言葉の意味が大切になってきます。

現代のパドリングでは、多くの人が気軽に「ボート」という言葉を使いますし、それはとても自然なことです。ただ、伝統的なグリーンランドの視点から見ると、そこにはちょっとした違いがあります。ボートは「中に乗って運ばれるもの」。一方でqajaqは「身につけ、全身で一体になるもの」です。

この違いは小さなものですが、確かな意味があります。

ここで大事なのは、これらの話が「言い方を変えなければいけない」ということではない、という点です。これまでの言い方が間違っていたわけでもありませんし、どちらが正しいという話でもありません。言葉は変わっていきますし、文化も混ざり合いながら広がってきました。パドリングもまた、その例外ではありません。

ここで得られるのは、ひとつの「視点」です。

もし自分の文化の中に、深い意味を持つものや、歴史やアイデンティティと結びついたものがあるとしたら、それがどのように扱われるかに敏感になる気持ちは、きっと想像できるはずです。同じような感覚が、qajaqに対しても多くのグリーンランドの人たちの中にあります。

だからこそ、その言葉を使うときや、伝統的なパドリングについて語るときには、ほんの少し立ち止まって、その背景にある歴史に思いを巡らせることができるのです。

それは義務だからではなく、敬意から生まれるものです。

結局のところ、カヤックと呼んでも、ボートと呼んでも、qajaqと呼んでも、大切なのは水とのつながりと、その体験そのものです。ただ、それがどこから始まったのかを知ることで、自分の足元にあるクラフトの見え方は少し変わってくるかもしれません。 そしてときには、その気づきこそが、私たちが愛しているこの世界のルーツに、より近づくきっかけになるのだと思います。


― Asaloq と Walrus Pull って何?

ネットや本を漁って「ふむふむ」と思ったことを、ゆるっとまとめてみました。なるべく、分かりやすようにしたつもりですが「意味わからん」という箇所があったらスミマセン。


タイトル通り、カヤックの話ではありません。が、カヤックも絡む…かも。
今さらですが、西グリーンランドの伝統的な狩猟カヤックは、ただの舟ではありません。

銛(ウナーク)、ライン(アレック)、ラインラック(アサロック)、浮き(アヴァタック)、そして操船技術。これらが全部セットになって、はじめてひとつの「狩猟システム」として動きます。

イメージとしては、
カヤック+銛+ロープ+浮き+人間の身体操作=ひとつの生き物
みたいな感じです。

ポイントは、「刺さる瞬間」よりも、刺さった後にどう力を捌くか。

この動画はグリーンランドのOlennguaq Kristenseさんからのご提供です。

1|銛(ウナーク)のしくみ

狩猟用の銛は、刺さったら先端がクルッと回って抜けにくくなる“トグル式”。

しかも、

  • 刺さる
  • シャフト(柄)が外れる
  • 先端と、それに結ばれているラインだけが獲物に残る

という仕組み。

ここからが本番です。勝負は「刺さるまで」ではなく、
刺さったあと、ラインの力をどう扱うかにかかっています。

QajaqJPN(以下 QJ)は、2003年に創設された、グリーンランドスタイル・カヤッキングを楽しむクラブです。特に入会資格はなく、グリーンランドスタイルに興味のある方であれば、どなたでもご参加いただけます。会則はこちらをご覧ください。

QajaqJPNでは、グリーンランドの狩猟文化やカヤックに関心をお持ちの方を広く募集しています。
ロールやカヤックそのものだけでなく、その背景にある文化や歴史に心を寄せてくださる方であれば、経験の有無は問いません。

年齢・性別・国籍は不問です。
それぞれの立場や距離感を大切にしながら、同じ関心を共有できる仲間とのつながりを歓迎します。

会則につきましては、コチラからご確認いただけます。

ご入会をご希望の方は、下記ボタンよりフォームにお名前・メールアドレス・ご住所 をご明記のうえ、お送りください。

皆さまとご縁を持てることを、心より楽しみにしています。

Qaannat Kattuffiat は、グリーンランドのカヤッカーたちによって結成された、狩猟文化の維持を目的とする組織です。
「Qaannat」は“カヤックの複数形”、“Kattuffiat”は“組織”を意味します。後ほど触れますが、前身となった「Qajaq Club」がそのネーミングの源流になっていることは、想像に難くありません。
主な活動には、ロール、カヤックメイキング、ロープジムナスティック、ハープーン投げ、そして文化史の探求などがあります。これらの活動の一環として、年に一度、トレーニングキャンプとチャンピオンシップ(この二つは連動しています)といったイベントも開催されています。
現在では、グリーンランド国内に多数のクラブを束ねる組織となり、外国人クラブとしてアメリカ(QajaqUSA)、デンマーク(QajaqCopenhagen)、そして日本(QajaqJPN)もその傘下に加わっています。

遥か昔から、グリーンランドはまさに「カヤッカーの国」でした。
アザラシはイヌイットにとって主要な生活資源であり、カヤックは海生哺乳類を狩るための最適な道具でした。音も立てずに忍び寄り、一気に突く。男たちの価値は、狩猟の技とカヤックのスキルによって測られていたのです。

しかし1920年頃、グリーンランド沿岸の海水温が上昇し、氷が減少。エンジンボートが自由に行き交える環境が整い始めます。次第にカヤックの必要性は薄れていきました。
過酷な自然の中で生き抜くため、より効率的で、命のリスクを抑える手段を選ぶ――それは極めて自然な流れだったのでしょう。やがて世代を超えてカヤックの記憶は薄れ、知識や技術は継承されることなく途絶えていきます。グリーンランドからカヤックが姿を消し、エンジンボートの時代が定着したのです。

それから約60年後、思いもよらぬ形で“転機”が訪れます。
1983年、ヌークの博物館に、オランダから3艇の古いスキンカヤックが貸与されました。それを目にした若者たちは、強い衝撃を受けます。

「これ、ヤバくね!?」
1600〜1800年代、彼らの祖先は、あの挑発的で美しい曲線を持つフネを自在に操り、家族のために狩りをしていた――その事実を、目の前の実物が雄弁に語っていたのです。

彼らは、この遺産を守り、取り戻すためにクラブを立ち上げることを決意します。
これが Qaannat Kattuffiat の前身です。当初は「Qajaq Club」と呼ばれ、ユニフォーム代わりのお揃いのTシャツには
“QAJAQ-ATOQQILERPARPUT(俺たちは再びカヤックを使うぜ!)”
という言葉が記されていたそうです。

1984年の創設から、翌年後半には会員数が1000名に到達します。この数字は、グリーンランドの人々が、文化としてのカヤックをどれほど誇りに思っていたかを雄弁に物語っています。
その後、Qajaq Club はカヤックの記憶を持つベテランたちを積極的に訪ね、作り方や使い方を学び、今日へとつなげてきました。

なかでも Manasse Mathaeussen 氏 の存在は欠かせません。ほとんど失われかけていた知識と技術を、若者たちに惜しみなく伝えた人物です。当時70代でありながら、彼が教えたロールマニューバの数は驚くべきものだったと伝えられています。
また、アザラシ猟に精通したベテランカヤッカーたちが集うことで、狩猟文化は再び語り継がれ、やがて実践へと戻っていきました。

現在、グリーンランド各地に点在するクラブでは、カヤックメイキング、ロール、ロープやハープーン、そして文化史まで、老若男女を問わず積極的に取り組まれています。距離的には離れていながら、クラブ同士の活動が見事に連動している点も、特筆すべきところでしょう。
長きに亘りロールチャンピオンとして君臨した、かのマリギアックが大工という本職を持ちながら、ロールやメイキングの指導のために世界を飛び回っていることからも、彼らの優先順位がどこにあるのかがよく分かります。それは単なる「遊び」や「レジャー」ではなく、誇りそのものなのです。 少し長くなりましたが、私たちは2010年に、この Qaannat Kattuffiat の一員となりました。
オランダからの3艇を見つめていた若者たち、そして巡り巡って再びカヤッカーとして活躍することになったベテランたち。その一挙手一投足が、今の私たちにも確かにつながっている――そう思うと、大きな使命感を覚えずにはいられません。
アジアの片隅からではありますが、彼らの文化を守り、そして世界へと伝えていく活動を続けていきたいと考えています。

執行部メンバー

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